塩賊、油掛町美吉屋五郎兵衛方へ潜匿致居候事
発露致し、三月廿七日早天、官吏三百人計、木刀六尺棒
等を持、其家の四方を囲候、賊の居室、美吉屋の裏
居にて其隣ニ露路あり、其見付の壁の裏手、即賊
室也、官吏四五人、木刀を持、其壁をバタ＼／と叩てハ表へ、
又イケ＼／＼／と云ては入、又バタ＼／＼／と叩てハ表へ迯て出る、
内山といふ獄吏、大音に、大塩平八郎比奥なり、尋常
に縄かゝれといヘハ、内より己等尽く鉄炮にて打殺す
へし、といふ、内山曰、鉄炮放すへし、我うけて見せん、といふ
てハ直ニ表へ迯て出、士卒にイケ＼／＼／と下知してハ、又表
へ迯て出る、かゝるうち、火の手賊室 上り候と、路次の向
ひの男、格子のぞき居たりしハ、実説なり、されとも俗間
にてハ、内山の高名の様、流布致候者、彼の僥倖也、火
の手あかり候てより、かけやにて打こハし、内へ入候得者、
一説 喉を突
両人とも坊主にて、格之助ハ切腹、平八郎ハ喉を突、
死候、父子の中に、僅一刀所持致候、
火鉢へ焔 をくへ、壁の倒れたるに敷レて死居たり、両
両人の着物ハ真黒ニ焦御座候由
人とも、からた少々焼爛レあり、平八ハ帯解ひろけの
よし、早天寝込の事にて、狼狽と見えたり、何分二月
廿四日一室に閉塞致候事故、四畳半の間、糞たら
けにて、穢臭不可謂、四国巡礼の者ニ姿をやつし、逐天致
すつもりか、巡礼の荷物及寺送りの証文等拵ありし
との事也、賊父子ハ、ニ月廿四日夜半、俳諧師と成、美吉
屋へ兵火見舞ニ参り、止宿致し、翌朝女房召仕の者へ、
前夜の客人ハ夜中ニ発足ありしと申偽置候と也、
家婢、官にて白状のよし、賊食事ハ主人予め乾飯
を沢山拵置、是に煮茶をかけて喫させ候由、元来吝キ
主人の、高価の米を分外焚候事故、下婢等不審にお
もひ、問ひ候へハ、追々騰責故、予メ備へ置との偽言
也、此美吉屋といふハ、さらさ染屋渡世の者に而、召仕も多く、
黄白も余程蓄積致候者也、廿年来塩賊方へ出入致し、
台所の賄方引受居候、且当日用ひ候旗幟等を染候ニ付、
官に召れ、入牢も可致なれとも、老人の事故、憐愍にて、
其比より家に幽せられて、其町内番人、昼夜弐人ツゝ
付居候、豈図ヤ賊其家にありとハ、即日獄に繋れ、
海老責にもかゝり候、いつれ極門の奴也、皆平野町惣会所
にて幽せられ候由、囹圄にてハ、老人の事ゆへ、死去致ス
もはかられさるゆへ也、何分賊を生獲せで、遺恨無涯、檄
文に、眼を開て見よ、とありしも、眼を開て見るに堪さる死
さま可謂龍頭蛇尾、此日人心も先穏ニ而、別而金穴ハ
吐気候也、
|